美しい海の世界に魅了され、ダイビングを始める方が年々増えています。
海中での感動体験は一生の宝物になりますが、その感動を追い求めるあまり、知らず知らずのうちに海洋生物にストレスを与えていることをご存知でしょうか?
私たちダイバーにとって、海は「遊び場」ですが、海の生き物たちにとっては「生活の場」です。
彼らの家に招かれたゲストとして、どのようなマナーを守るべきか、意外とダイビング講習では深く教えてもらえないことがあります。
例えば、カラフルな魚に近づきすぎると、彼らは捕食者から逃げるときと同じストレス反応を示しています。
また、SNS映えを狙った無理な撮影が、サンゴや生態系に大きなダメージを与えることも。
本記事では、32年の指導経験を持つインストラクターの視点から、海の生き物たちとの正しい距離感や接し方、水中撮影時のエチケットなど、持続可能なダイビング体験のための具体的なマナーをご紹介します。
これからダイビングを始めたい方も、すでに認定カードをお持ちの方も、海の環境を守りながら素晴らしい体験を重ねるためのヒントが見つかるはずです。
海の世界の「本当の楽しみ方」を一緒に学んでいきましょう。
1. 初心者ダイバーが知るべき「海の生き物を傷つけない水中撮影テクニック」
水中写真は多くのダイバーにとって特別な楽しみのひとつですが、素晴らしい写真を撮りたいという思いが先走り、海洋生物にストレスを与えてしまうケースが少なくありません。
特に初心者ダイバーは、カメラ操作と浮力コントロールの両立に苦労するものです。
まず基本として、サンゴや海底に触れることなく安定したホバリングができるまでは、大型カメラの使用は避けるべきです。
水中撮影で最も重要なのは「適切な距離を保つこと」です。
魚やサンゴに接近しすぎると、生物はストレスを感じ、逃げ出したり、隠れたりします。
一般的に小型の生物では最低30cm、大型の生物では2〜3mの距離を保つことが推奨されています。
また、ストロボの過度な使用は、特に小型の生物の目に負担をかけます。
光量を調整し、必要最小限の使用にとどめましょう。
「ワイドレンズ」と「マクロレンズ」の適切な選択も重要です。
小さな生物を撮影する場合は、距離を取れるマクロレンズが生物へのストレスを最小限に抑えられます。
水中写真コンテスト「Ocean Art」審査員のスコット・ガイエルマン氏によれば「良い写真家は生物の行動を妨げることなく、自然な姿を捉えることができる」とのこと。
水中環境への影響を最小限にするテクニックとして、砂地での撮影時には「一点を支点にする」方法があります。
人差し指一本だけで軽く砂に触れ、体を安定させることで、広範囲にダメージを与えることを避けられます。
日本海洋学会のガイドラインでも推奨されているこの方法は、バランスを取りながら生態系への影響を最小化します。
最後に、「待つ」技術を磨きましょう。
生物に近づくのではなく、生物が自然に近づいてくるのを辛抱強く待つことで、より自然な表情や行動を撮影できます。
沖縄の有名水中カメラマンである中村卓哉氏は「最高の写真は生物との信頼関係から生まれる」と語っています。
撮影に夢中になるあまり、海の生き物たちの生活を脅かさないよう、常に生物ファーストの姿勢を心がけましょう。
2. プロも実践する「海洋生物へのストレスを最小限に抑えるための接近方法」
海の中で魅力的な生き物に遭遇したとき、つい近づきたくなる気持ちは誰にでもあります。
しかし、プロのダイバーやマリンフォトグラファーが常に意識しているのは、海洋生物へのストレスを最小限に抑える接近方法です。
まず基本となるのが「ゆっくり」と「間接的」な接近です。
急な動きは生物に脅威と認識され、逃げられるだけでなく、生物の日常行動を妨げるストレスになります。
特にウミガメやマンタなどの大型生物に対しては、真正面からではなく45度の角度から接近することで、威嚇と受け取られにくくなります。
水中カメラの使用時は特に注意が必要です。
National Geographic所属のフォトグラファーも実践している「3メートルルール」があります。
撮影のためとはいえ、基本的に3メートル以内には近づかないという自主ルールで、サンゴ礁環境では特に重要とされています。
サンゴ礁では「ホバリング」技術が不可欠です。
完全に静止して中性浮力を保ちながら観察することで、生物を驚かせず、サンゴを傷つけることも避けられます。
プロダイバーは常に呼吸法を意識し、ゆっくりとした深い呼吸でバブルの発生を最小限に抑えています。
また、接近する時間帯も重要な要素です。
多くの海洋生物は朝や夕方に採餌行動を行うため、その時間帯の接近はストレスになりやすいことを理解しておくべきです。
「観察時間制限」を設けることで、一つの生物に長時間の負担をかけないよう配慮します。
生物の行動変化に敏感になることも大切です。
魚が通常と異なる遊泳パターンを示したり、クマノミが警戒してイソギンチャクに隠れ始めたりする様子は、すでにストレスを感じている証拠です。
そのような兆候を察知したら、すぐに距離を取りましょう。
海の中では私たちは訪問者に過ぎません。
プロフェッショナルが実践するこれらの接近方法を意識することで、海洋生物との共存を実現し、未来の世代にも豊かな海の生態系を残すことができるのです。
3. 海の生態系を守るための「タッチしてはいけない理由と正しい観察距離」
海の中で色鮮やかな生き物と出会った時、つい触れたくなる気持ちは理解できます。
しかし、海洋生物にタッチすることは、私たちが考える以上に深刻な影響を与えてしまうのです。
まず最も重要なのは、人間の皮膚に付着した細菌や化学物質が海洋生物に悪影響を及ぼす点です。
例えば、サンゴは非常にデリケートな生物で、私たちの手に付いた日焼け止めや汗の成分だけでも、サンゴのポリプ(サンゴの本体)にダメージを与え、最悪の場合は死に至らせることもあります。
また、多くの海洋生物は体表に粘液層を持っており、これが外敵や病気から身を守る防御機能を果たしています。
ウミウシやサンゴ礁の魚など、見た目に美しい生物ほどこの保護層が重要です。
触れることでこの粘液層が損なわれると、細菌感染のリスクが高まり、生物の寿命を縮めてしまいます。
では、正しい観察距離とはどのくらいでしょうか?
一般的に推奨されるのは以下の指針です:
・サンゴ礁:最低でも1メートル以上離れる
・大型魚(マンタやジンベエザメなど):3メートル以上
・海亀:2〜3メートル以上
・小型の魚:急な動きを避け、50センチ以上離れる
プロのガイドが案内するエコツアーなどでは、このような距離感を実践的に教えてくれます。石垣島や沖縄本島などでは、海洋生物との適切な距離感を重視したツアーを提供しています。
また、水中での自分の姿勢も重要です。
フィンで砂を巻き上げないよう中性浮力を保ち、サンゴや海底に接触しないよう意識してください。
水中カメラを使う場合も、撮影のために生物に近づきすぎないよう注意が必要です。
「見るだけで触らない」というシンプルな原則を守ることが、美しい海の生態系を未来に残すための第一歩です。
海洋生物は私たちの「展示物」ではなく、共に地球に生きる仲間なのだという認識を持ちましょう。
